>ギャラリ− 我が家のコレクションについて

★我が家のコレクションについて

 我が家には現在400枚の葉書が収納できるファイルで150冊相当のスタンプコレクションがあります。正確にどれぐらいあるのか数えたことがないのですが、
単純計算でも6万点近くのスタンプがあることになります。内容は昭和6年(1931年)国鉄福井駅にはじめて設置された戦前の時代から現在まで、
さらには戦前日本の支配下にあった樺太・台湾・朝鮮・満州・中国の戦前のスタンプまで揃っております。

 しかし私はDISCOVER JAPANの始まった昭和45年(1970年)生まれであり、到底いまから70年前のスタンプを収集することは不可能です。
我が家にあるコレクションのほとんどが駅スタンプ創世記から収集されてこられた兵庫県西宮の柘植宗澄氏より譲っていただいたものです。


今から7年前の1995年は戦後50年という節目の年で、その当時90歳台であった柘植氏は長年続けてこられたスタンプ収集をやめる決意をされました。
その当時の私はスタンプ収集暦15年と比較的若い方の部類になるかと思いますが、今にして何故私にそのような貴重なコレクションの分譲の話を
持ちかけられたのかその理由は知る機会はありませんでした。おそらく私がこれから先80歳まで生きているとすれば、最低50年は柘植氏の
コレクションを守り抜くことになるからでないかと思います。

しかし、これら貴重なコレクションを無償で譲っていただける話などは当然なく、TV東京の「開運なんでも鑑定団」風に言うと、
戦前のコレクションだけで50万で評価してほしいと言われました。私もその金額を聞いてさすがに即答は出来ませんでしたが、
これだけまとめて古いスタンプを入手できる機会は二度とないことを考えると50万円もそう高い買い物ではないと思い譲っていただくこととなりました。

★柘植宗澄氏について

柘植宗澄氏は明治36年5月生まれ、スタンプ以外にも切手・切符・たばこなどを収集されていたようです。しかし最後まで収集を続けてきたのは
スタンプのようで、その奥の深さに魅力を感じていたからだと思います。昭和6年(1931年)に初めて福井駅にスタンプが設置された時、
柘植氏は敦賀に住んでおられたようで日本初の駅スタンプも自身で押されたことがあるようです。

福井駅にスタンプが設置され、旅行者に好評であったことから各地で現場の駅長・駅員さんが思い思いにスタンプを作るようになったそうです。
現在では情報収集はインタ−ネットと非常に便利なものがありますが、柘植氏はこの当時から情報収集することを重要視していたようで、
雑誌編集の仕事に携わっていた経験を生かし、スタンプ収集家向けに「趣味の港」という雑誌を発行していたようです。

また戦後は「みなと印趣会」を主宰し、長い間に渡ってスタンプ収集家の育成に努力されていました。現在神戸の中野直準氏が会長を務める
「駅スタンプ同好会」を発足させたお一人でもあり、長い間顧問として活躍されていました。

私が初めて柘植氏にお会いしたのは1990年5月、駅スタンプ同好会の総会の時でした。かなりのお年と見受けられましたが、
背筋もピンとされており、とても90歳に近い方とは思えませんでした。また非常に面倒見の良い方との印象が強かったです。

ちょうどこの文章を書き、アップしようとした2002年12月肺炎のため急逝されたとの訃報を聞きました。
今年の5月で100歳になられたと聞き、これから先も元気であってほしいと思っていただけに残念に思いました。

これからも柘植氏の遺志を引き継いでどんなことがあっても、柘植氏がこの世に残していただいたコレクションだけは守り抜いていきたいと思います。

2002年12月記す